少年Aの散歩

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「きょうからお前も友達だ」

 僕は『少年ガンガン』という雑誌を、創刊した1991年4月号から2001年頃までの十年間、愛読していた。雑誌には「色」があるもので、僕は『ガンガン』の色が好きだった。ガンガンにとどまらず、エニックスという会社の出していたマンガ雑誌の「色」がみな好きだった。

 その「色」について、かつてどこかにこう書いた。「それは結局のところ、ドラクエだ」。
『ガンガン』の創刊号の表紙には、『ドラゴンクエスト列伝 ロトの紋章』の主人公、アルスが大きく描かれていた。エニックスといえば『ドラクエ』の会社なのだから、当たり前のことである。初期の看板作品はこの『ロト紋』で間違いない。
 また、初期のガンガンには『ドラゴンクエスト 4コママンガ劇場』出身の作家が多かった。もともと『ドラクエ』というRPGに親近感を持っている人が多かったわけだ。読者なんか、もっとはっきりとそのはずだ。だから初期のガンガンのヒット作には、ドラクエっぽいものが多い。
 具体的にいうと、「複数人でパーティを組んで旅をする」である。
ロト紋』を筆頭に、『ハーメルンのバイオリン弾き』『Z MAN』『魔法陣グルグル』などが顕著にそうである。これはやがて『刻の大地』において最盛を迎える(ということはその後は、衰えていく)と僕は思っているのだが、その件についてはまたいつか。

「複数人でパーティを組んで旅をする」という、ドラクエRPGが、90年代ガンガンの「色」だったと僕は考えている。
 ところが、初期のメガヒット作で、これにまったく当てはまらない作品がある。『南国少年パプワくん』だ。『突撃!パッパラ隊』もそうである。これらは「旅」とは無関係ながら、確かに『ガンガン』のもう一つの「色」であった。こっちの系譜はたぶん、後に『浪漫倶楽部』などに流れていくのだろう。
「こっちの系譜」を象徴する台詞が、あまりにも有名なこれである。

「きょうからお前も友達だ」(『南国少年パプワくん』)

 思い出すのは、『浪漫倶楽部』の第二話『雨のロンド』。
「友達」のいなかった月夜(つくよ)という少女が、浪漫倶楽部に入部するエピソードである。
 この話において、月夜は(おそらく中学校生活では)初めて、本当の「友達(仲間)」を得る。もちろん、浪漫倶楽部のメンバーだ。
 僕が個人的に『浪漫倶楽部』がとても好きだから、あえて強調するだけといえばそうなのだが、ここにパプワくんの言う「きょうからお前も友達だ」というフレーズを重ね合わせることを、どうか許してもらいたい。


「複数人でパーティを組んで旅をする」「きょうからお前も友達だ」この二つの価値観(?)が、当時の『ガンガン』において支配的だった、と言うことは、さすがにというか、いくら何でもできない。ただ、僕はそういう作品がとても好きで、それを味わうために読んでいたのは確かだと思う。そればかりだったわけではないだろうが、そういうところはあったはずだ。無視できないくらいには。そういう作品が雑誌を支えていた、という事情は、きっとあった。


 それで、もう一つ僕が好きでたまらない作品、『刻の大地』なのである。
 この作品を僕は、少なくとも個人的な趣味としては、90年代の『ガンガン』における一つの完成として見る。一つの「頂点」として見る。
 なぜならば、この作品こそが、『ロト紋』と『パプワくん』のそれぞれの色がちょうど調和したような存在だからだ。

刻の大地』は、「複数人でパーティを組んで旅をする」が形式としてありながら、「友達」というテーマを常に強調する。主人公の十六夜という少年は、どんな相手でも、モンスターでもラスボス(邪神竜ディアボロス)でさえも、「友達」、あるいは「友達になれる」と信じている。
「魔物(モンスター)が滅んだ世界が平和なのではない 人間と魔物が共存する世界が本当の平和」とは、ザードという登場人物の言葉だが、これを地で行っているのが、十六夜なのだ。もちろん魔物は凶悪であり、それゆえ危険な目にも遭いまくるわけだが、それでもめげずに十六夜は「友達」と主張し続ける。
 激しい戦いの最中であっても、十六夜は、自分を傷つけた魔物に寄り添い、「ごめんね」と言う。
 そして魔物は、それで穏やかになったりもする。(第一話)
「きょうからお前も友達だ」である。

 しかし、なんでなんかはともかくとして、この作品は未完に終わる。
 なんでなんかはしらないが、それは本当にただ象徴として、「この路線」の終わりだか、限界だかを意味していたのだろう。
 それと時を前後して、僕の好きだった「色」はほとんど完璧に失われていった。



 もう少し考えてみると、ここでちょっと面白い事実にぶち当たる。
「複数人でパーティを組んで旅をする」と、「今日からおまえも友達だ」が、同時に存在するウルトラヒット作品が、『週刊少年ジャンプ』誌上で、1997年に始まっているのだ。
ONE PIECE』にござる。

刻の大地』の連載はその約一年前、1996年に始まっている。
 さあ、この似て非なる(に違いない)二つの作品の、決定的な違いというのはなんなんだろう。
 どちらもいわゆるハイ・ファンタジー、純然たる別世界のお話だ、という点でも共通している。
 なぜ、『刻の大地』は永遠なる「未完の大作」となり、『ONE PIECE』は83巻を数えるのか。
「友達」と「仲間」という言葉の違いだろうか。
 戦う相手が人間か、魔物か、という差だろうか。

 作者が違うから、当たり前だというだけの話だろうか。
 夜麻みゆき先生が『刻の大地』を描けない理由がわからない以上、考えるだけ無駄だろうか。

 しかし一つだけ、僕にとっては考えるに値することがある。
 なぜ僕は『刻の大地』が好きで、『ONE PIECE』のことはそれほどには好きでないのだろう。


 たまたま『刻の大地』の一巻を開いたら、「ジェンドはダークエルフかもしれないケド だったらダークエルフじゃないよ ジェンドだよ」という台詞のところが開けた。
 ルフィだったら何と言うだろう?
「ジェンドは仲間だ」と言うだろうか。(ベクタ会食の「セリスは仲間だ」を思い出しますね。)
 そういえばここで十六夜は「ジェンドは友達だよ」と言わない。
 むしろ、ジェンドが迫害されるのを止めに入ろうとしたカイは、「うるせぇ!お前仲間か?」と糾弾される。仲間であると主張することは、ここではむしろ逆効果だった。最後にカイは「仲間である俺の責任です」「町から出ていきます」と土下座する。
 仲間であるとか友達であるということは、その絆の内側においては意味があっても、外側にいる人にとっては、「連帯責任を負うべき者たち」でしかないのかもしれない。
 そういう意味で、ルフィたちってのはやっぱ海賊ってことか。(まだ20巻までしか読んでいないが、これから全巻読破するつもりである。)

 思えば『浪漫倶楽部』の月夜のエピソードも、「友達」という言葉で繋がることの危うさを描いたものだったし、『パプワくん』における「友達」もはじめは上っ面だけの空虚なもので、パプワとシンタローとの間に次第に、少しずつ芽生える友情、というものがたぶん、作品全体を貫くテーマだった。(別れのシーンは本当に辛かったなあ。)
 仲間とか友達という関係ができると、そこに内と外ができてしまう。
 それが最大の問題なのである。


 国ができれば国境ができる。
 その国境の外側は、その国ではない。その国から見たら「別の国」になってしまう。
 たぶん争いは起きやすくなる。
 だから「ジェンドだよ」っていう言葉が、あそこでは最も優しかったんだと思う。

禁欲趣味でいこう!/なぜか大江イオン先生の話

 ストイック。

 欲望を制し、自分を厳しく律する。
 それができたら苦労はしない。

 もうずいぶん長い間、憧れていたように思う。
 挑んでは挫折し、自堕落へ舞い戻る。
「自分には無理なんだ」と諦めて、また布団に入る。

 具体的なことを書く必要もなかろうが、要は、だらだら、ごろごろ、漫然と時を過ごしてしまって、「タイムイズマネー」みたいな考え方にはほど遠い。
 そしてそのことを、べつに悪いとも思わない。
 狭い日本、そんなに急いで何処へ行く、気楽にのんびりやっている。
 やらねばならないことだけをやって、やらなくてもいいことは極力避ける。
 楽しいことは率先してやるが、楽しくないことはやらない。
「楽しくないけど、あとあとになって意味があるかもしれないこと」については、その「意味」を慎重に吟味し、確信が持てない限りは、動かない。
 それでとにかく寝る。眠る。または寝っ転がってインターネットでもする。
 いわゆる「自分に甘い」、ストイックでない人間の多くは、そのように暮らしているのではないか。「意識が低い」とも言う。

「意識が高い」人は、「時間の効率的な使い方」なんてことを言う。「時間をお金で買い、その時間でまたお金を稼ぐ」みたいなことを言い出す。恐ろしい。そんなにガツガツして何になるというのか。柔軟性のない人間になって、人より早く年を取る。そんなにしてまで欲しくなる、金というのはいったいなんだ? そんなふうに思って、「僕はいいや、時間は時間で勝手に過ぎていくものだ。自分と時間とはとくべつ関係がない」などと壮大な逃げ口上を唱えてきた。
 今もその感覚はまったく変わらない。急いだってしょうがないから、ゆっくり歩いていこうじゃありませんか。その中に幸せがあればそれでいいし、なかったら悔いるまでのこと。ふんわかいこうよ、ふんわか。

「ダメだよ、未来のために、今のこの時間を有効な“投資”に回さないと。」と、もっともなことを言う人がいる。本当にもっともだ。人は老いるのだから、若いうちに投資しておかないと、やがて素寒貧になる。この場合の「投資」とは、文字通りの金融的な投資のみを指すのではない。正社員になることも投資だし、子を産み育てるのも投資になり得るし、資格を取ることも、職歴を重ねることも、能力を磨くことも、すべてが投資である。その投資が十全であれば老後は安泰で、キリギリスのようにサボってしまえば暗黒となる。
 僕はこの「投資」について無頓着なわけではない。むしろ人一倍意識している。僕はたぶん上記のような一般的な意味での「投資」にはあまり向いていない。だから僕なりの「投資」を積み重ねていくしかないのである。それについては時に焦りながら、じっくり考えて生きている。自分が「これは投資だ」と信じることに、身を投じながら。

 と、格好良く言い切りたいところなのだが……。
 僕は、それが「投資」になり得るからといって、まっすぐそれに全力投球できるほど、できた人間ではないのである。
 積極的欲望(うまいもん食いたいとかいい女とやりたいとか)が全然ない代わりに、消極的欲望(寝たいとか何もしたくないとか)がものすごく強い。ずっとぼんやりしていたい。楽なようにしていたい。そのためには積極的欲望を犠牲にしたって構わない。「投資」などという前向きなニンジンでは動けない。

 それで、「もうちょっとストイックにできたらいいのになあ」と考えたりするのである。せめて、自分が「これは投資だ」と信じることについてくらいは、厳格にやっていけるようになりたいものだが……。
 何よりまずは信心が足りない。「これは投資だ」と、信じ切れていない。「投資(笑)」とさえ思っている人間なのだから当たり前である。これはもうしょうがない。「投資信仰」に素直に没入できるほど単純でもない。
「投資だ。だからやる」という考え方は、すなわち、「やらねばならないこと・やるべきことを遂行する」、ということだ。そういうのは、「宿題が出た。だからやる」と単純に受け入れて、ちゃんとやってきて提出できる立派な人間のやること。僕は宿題も予習もほとんどやったことがないので、この考え方にはまったく、そぐわない。
 そういう素直さがないと、なかなかストイックにはできない。

「宿題は一切やんなかったけど、好きなことにはいくらでも没入できる」という人もおりましょうが、それはもう才能。僕だって、このホームページを更新することくらいなら、労せずできる。人によっては、「あんなに長い文章、一円ももらえないのによく書くよな……」と思うのだろうけど、頑張って書いているわけではなく、「不特定多数に向けて書きたいことが割とあって、それを書くことが割と苦ではないという才能」が僕にある(育った)という話なのだ。
 が、すでに育った才能の範疇から外れることについては、本当に全然できない。

 それで、「ねばならぬ」ということを外すことが肝要かな、と思い至った。

 才能というのは、基本的には「苦ではない」という状態が保てることで、それが「楽しい」とまでなったらほぼ天才。そこに「うまくいく(他人に認められる)」が加われば、社会的にも広く「天才!」と言われるわけである。

 そこに持って行くためには、まずは「苦ではない」にならねばならない。
 ストイックであることが、苦ではない状態。
「ストイックであらねばならない」と考えることは一切やめて、「ストイックであることもまあ悪くはなかろう」という程度にする。
 ……うーん、なんだか自己啓発本みたいな感じになってしまうな。まあそんな側面もややありつつ、あくまでこれは遊び。結果や成果は求めない。
 趣味の一つとして、「ストイック」というものはありうるのではないか? と。禁欲趣味。いわゆる「ONAKIN」と同じである。
 何もやる気が出ず、ごろごろしている時、「ハァ!」とか叫んで立ち上がり、黙々と家事をしたり仕事したり本を読んだりする、というのが、趣味のように楽しくなればいいし、少なくとも「苦ではない」という状態になればいいのだ。
「なんか暇だし、ストイックなことでもやるか」みたいな。
 ここで「いかんいかん、ストイックにせねば」とか思ってしまうと、もう、絶対に寝る。「ま、暇だし」くらいの温度がたぶん、ちょうどいい。


 大江イオン先生の『小説 刻の大地』は98年4月に発売されている。その「あとがき」を読んで以来、「ねばらなぬ」、ということについてずっと考えてきた。そしていつからか、できるだけそれに縛られないようにと努めてきた。
 今、その文章を読み返して、改めてその素晴らしさに感動した。僕は、18年前からずっと思っているのだが、この人に会ってみたい。もし、十六夜、カイ、ジェンドのことを彼が覚えているのなら、同級生のことを懐かしむように、彼らの話をしたい。あの頃ともに笑ったり、泣いたりした「仲間」として。

 こんなふうに引用するのが不作法であることは承知しているが、今では手に入りにくくなってしまった本だし、この文章をまたべつの誰かが読むことで、きっと何か良いことが起きる、と信じて。また、これによって原作(夜麻みゆき先生)の読者が増えてくれることも願って。

 

 

 そのころ、俺は何者でもなかった。いろいろなことに手を出してはいたが、どれも上っ面だけで手応えはなく、淡い霧の中をふらふらと進んでいるような実感しかなかった。
 二十歳を過ぎて、何者でもない、何者かになれる予感がないというのは、結構ヘビーな状況だ。よけいに俺は苛立ち、ろくに前も見えないのに、見てもいないのに、駆け出して、激しく無様にすっころぶということをくり返していた。そのまま行けば、おそらく結果はお定まりの、カスとかゴロツキとか腰巾着とか呼ばれる類の人間になっていたことだろう。根拠のない自信。それだけが俺の財産で、武器であると同時に枷でもあったからだ。
 今でも、あの夜のことをよく覚えている。煙草の甘いにおいとか、薄暗い照明とかいったものといっしょに。――俺の隣に座っていた人が言った。「子供」
 こうあらねば、というイメージに縛られすぎだというのだ。自分がありたいと思うイメージと、ねばならぬと思うイメージは違うのだと。俺は彼女に話したことを後悔した。見ず知らずの人間に、自分の焦りなど打ち明けるつもりはなかったのだ。最初は。
 なぜ、そんな話をしたかというと、単に隣にいたから。俺が結構酔っ払ってて、レゲエが流れていたから。何より、彼女に話していると、妙に気持ちよかったからだ。頭の中のぐるぐるこんがらがったものを、するするとほどかれていくような感じがあって、俺は喋りまくっていたのだった。その間、彼女は時たま相づちを打つだけで聞いてくれていた。
 だから、彼女がわかりきったことを言ったときには、がっかりし、腹を立てた。そんなこと、とっくに知っている。だが、ねばならぬ、と思わずに、どうしてどこかに行けるだろう。
 うっせーよ、なんて低くつぶやいてみせたと思う。一方的に見下されるのは、俺の小さなプライドが許さなかった。失点を挽回しておく必要があった。だが、彼女は笑っただけだった。赤ん坊をあやすみたいに。――俺は悟ったのだった。酔っ払いの悟りだから、ごくごく簡単なものだが。「あ。かなわねーや」
 自分を制御する能力。落ち着き。持久力。そんなものが、俺には決定的に欠けていると思い知らされた。そして、それこそが俺をどこかに連れていってくれるはずのものだった。
 俺は尻尾をまいて、じゃなく、うつむいてグラスに鼻をつっこんだ。
 それがすべての始まりとなる。
 数日たって電話がかかってきたとき、聞きづらい携帯だったにもかかわらず、俺はすぐに彼女の顔を思い出すことができた。少し悔しい気もしたが、声に出てしまったので今さらごまかしはできない。だから、俺は無愛想に要件を訊いた。
 彼女は言った。「小説、書きませんか」
 友人は嘘だと騒いだが、これは真実である。

 その電話から、これが三冊目の本となる。一冊目は無我夢中で書いた。二冊目は初めて読者を意識した。今回は、自分について考えることになった。
 これから先の俺が、字を書いて生きていくかどうかは、まだ定かでない。だが、十六夜とカイ、ジェンドという三人に出会えたことは確実に俺を変えたと思う。三人のうち誰かに自分を見いだしたということはない。三人は皆、俺である。ハイダルではないが、ずっと「彼らならどうするか」「彼らならどう思うか」と考え続けることになるだろう。彼らが俺の中に宿っていることに気づいたおかげで、俺は半歩先が見えるようになった。
 相変わらず、転んだりぶつかったりすることの多い毎日だが、前よりはましになったんではないかと自己評価している。そして、ねばならぬと思う気持ちの危うさにも気づき始めている。つまり、そこに到達した自分の予想図は確かに眩しいものだが、もがき前進する姿にもそれなりに意味があるってことだ。ねばならぬ、と思うことは途中の過程を省いてしまう。一直線に瞬間的に、そこに至らねばダメだと思いこむ。そんなことはないのだ。
 俺は、何者かになりたい。何者かになろうという気持ちを失わないでいたい。それといっしょに、いまだ何者でもない俺を愛する。

 最後に、電話の主であり、導き手であり、タントーさんであるK女史に感謝を捧げたい。彼女の強さ、しなやかさは、俺にとってはずっと驚異であった。彼女はこれからも俺を照らす光、俺を問いつめる鋭い刃、俺を暖める火である。         大江イオン

 


 青臭かった若者が、「大人の女性」との邂逅により少しずつ変わっていく。その様が、短い文章の中にくっきりと刻み込まれている。
「いまだ何者でもない俺を愛する」という言葉は、本当に感動的だ。
 何者でもないが、何者かになりたい若者は数多あれど、そんな自分を愛する、と宣言できる人はどれだけいるだろうか。きっと普通なら、焦って、「俺はこんなもんじゃない」とか、「本当の俺はもっと」とか、「こんなのは本来の俺じゃナイ」とか……全部同じことだけど、そんなふうに思っちゃうんじゃないだろうか。
 僕は、久々に読み返してびっくりしたのだが、正直言って、この時の大江先生の気分と、たぶんかなり近い気持ちで生きている。
 僕は「途中の過程」を愛するし、そこにいる「いまだ何者でもない」自分を愛する。

 よく僕は「目標」について否定的に語るが、その原点の一つはここにあるだろう。
 どうなりたいか、とか、どうあるべきか、ではなくて、今どうあるのか、ということが、よりいっそう大切だと僕は思う。今日を生きた者にしか明日は来ない、というのと、同じようなことだ。
 未来は今と地続きなのだから。

《自分を制御する能力。落ち着き。持久力。そんなものが、俺には決定的に欠けていると思い知らされた。そして、それこそが俺をどこかに連れていってくれるはずのものだった。》

 そうなのだ。それが「ストイック」というものの、洗練された姿なのだ。
『小説 幻想大陸II』のあとがきには、「大江が三ヶ月も一つの仕事をやり続けた」ということを友人から驚かれた、ということが記されている。
「ねばらなぬ」とこれまで思っていたことから離れて、「漫画のノベライズ」という、思ってもいなかった仕事に取り組んだ。だからこそ、「続いた」のかもしれない。


 大江先生はこの後(98年10月)四冊目の小説を出し、この名で本を出すことをやめた。彼について僕はこれ以上何も知らない。
 今は何をなさっていて、どんな人になっているのか、知りたいが、知らなくてもいい。それは大きな問題ではない。答え合わせなど、「ねばらなぬ」の足しにしかならない。
 ただ、「同窓会」はしてみたいけど。


「ねばらなぬ」は「主義」であり、頑なすぎる。
「ま、暇だし」という「趣味」ならば、もっとやわらかく生きていけるだろう。


 僕は僕で、趣味としての禁欲を気ままにやりながら、転がり込んでくるものを柔軟に受けとめていこう。
「持久力をつけなければ」と思うことは、かえって落ち着きがない。
 自分という地点を疑わないこと。それだけを心がけていれば、あとは優しく笑うだけである。

 

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『この世界の片隅に』追記/犯人捜しはたいてい失礼

 創作物……とりわけ複数の制作者によるものや、制作者以外の資本が関わっているものは、必ずしも制作者のやりたいようにやれるわけではないし、制作者が作りたいものを好きに作れるわけでもない。年を取って、制作側のプロとして活躍している友人・知人が増えてくると、そのような話を生々しく話して頂ける機会がけっこうあり、軽はずみにものを言うのが憚られてくる。
 つまり、「いろいろと事情はある」のだ。
この世界の片隅に』にしても、はじめは2時間30分くらいあった絵コンテを、予算の都合で削り、現状の長さ(126分)になったという話を耳にした。(ロフトプラスワンのイベントで監督が仰ったらしい。)
 もしも映画の描写に「不十分」と感じる部分があるとすれば、その「削らざるをえなかった24分間」のせいなのかもしれない。
 コンテを作った段階では表現するはずだったものが、完成品では表現できない。それはじつにやるせないだろう。歯がゆいのは制作側だって同じなのに、観客から「不十分だ」などと言われるのは、どうも噛み合っていない。
(実際には、そんな声はあまり聞かれていないと思うから、「24分間」の処理が巧みだったということだろう。)

 このことは一例にすぎない。他にもいろんな種類の事情があって、作品は作品として世に出される。それで結果、駄作となったり、欠陥があったとして、誰が「悪い」のかは、すべての事情を把握しない限り、わからない。だから憶測で「監督が悪い」だの「脚本家が悪い」だのを言うのは、邪推でしかなかろう。
 いち享受者としては、「良いものを良いと言う」くらいのことしかできなくて、どうしても何かを言いたいのであれば、せいぜい「できる限り誠実に作品を批評する」ということくらいで、「犯人捜し」をするのは、たいてい誰かに対して失礼である。

「自戒を込めて」と言ってすべてを許してもらおうという態度(あるいはその風潮)もイヤなものなのだが、ともすれば忘れてしまいがちなことなので、書き添えておきます。

 

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「生活」を描いた映画『この世界の片隅に』と、「生きる」を描いた原作と

 本稿は本当は昨日アップされるはずだったのだが、一昨日の記事を書いたあとに、いろいろ考えるところがあって、いったん保留した。
 時を置いて考えても、『この世界の片隅に』は、本当に素晴らしい映画だったし、それに対する賛辞の言葉は惜しまれなく注がれている。それで原作を手に取る人もたくさんいて、こうの史代先生の読者はどんどん増えていくだろう。だったらぜんぜんそれでよくて、僕が何かを言う必要なんて何にもないのではないか、と。

 

 結城恭介先生が、「【書評】心あらため……」という記事を書いている。

「良い評論とは、誉めてある評論である。悪い評論とは、それ以外の評論である。」

 という言葉を引いて、書評を始めるにあたっての「心あらためとしてこれを記す」としている。この言葉はずっと、胸の内に貼り付いている。
 映画『この世界の片隅に』を語ろうとすると、どうしても「誉める」以外のことをしてしまいそうなのだ。そんな文章を世に出す意義などあるのだろうか。もちろん、けなすつもりなど一切ないのだが、「誉めるわけでもけなすわけでもないが、言いたいことがある」という絶妙な心情をうまく伝えるのは、難しい。
 だったら、黙るのも一つだ。
 何かを書くのなら、それを読む人に何かポジティブな影響を与える可能性の高まるよう配慮しなければならない、というのを、いちおう教育者の端くれとして常に意識している。
 それができそうもないときは、書く必要はない。

 しかし、僕のもう一つの信条は、「歩きつづける」ことだ。
 だからこの日記のタイトルはいつからか「少年Aの散歩」。
 終わらない思春期の思索。
 意味などわからなくても、ただ歩く。人は歩みをとめた時に年老いていく、とアントニオ猪木が引退のときに言っていた。

 結城先生も同じようなことを書いているが、作品というものに、善し悪しなどないのかもしれない。ただ人それぞれに、相性とか、出会うタイミングがあるというだけで。
 それはひょっとして、「書かれたもの」について全般に言えることではないだろうか。
 僕が書いたくだらない評論まがいの文章なんて、ある人にとっては取るに足らないものであろうが、十年後のその人にとっては何かポジティブな影響を与えうるかもしれない。また、ある人にとっては、賛同するかはともかく、何か考えるヒントになるようなものかもしれない。
 人を傷つけない言論など存在しないが、人を勇気づけない言論も、もしかしたら存在しない。
 どっちに転ぶかなど、わからない。

 だからとりあえず、書いてみよう。正直に、ただ思ったことを。
 で、最後にはちゃんと「誉める評論」にしますので、よかったら読んでみてください。

 


●映画『この世界の片隅に』感想


 上映が始まって、まず「なんて完璧な映画なんだろう」と思った。文句の付け所のない大傑作であることは、冒頭の数分でよくわかった。
 しかし同時に、オープニングテーマがザ・フォーククルセダーズを原曲とする『悲しくてやりきれない』であったことに、違和感を覚えた。
 そういう物語になるの? と、少し疑問があった。
 もし、作品に通底するテーマが「悲しくてやりきれない」という気分であるとしたら、あまり好きではないな、と思った。でも前述の通り僕は映画に対して始終「すばらしい」と思っていたものだから、「たぶんこの主題歌の選定にも意味があって、最後には納得出来るものになるのだろう」と考えることにした。
 実際、どうだったかというと、なんで最初が『悲しくてやりきれない』で始まるのかは、よくわからなかった。この曲が終戦直後のすずさんの心情にマッチしているのもよくわかる。何よりもまず名曲だし、とてもいいカバーだ。だけど、オープニングテーマにまでしてしまうことへの違和感は、ぬぐいきれなかった。「悲しくてやりきれない」というような気分でまとめてしまうような作品は、悲しい作品ではないだろうか。

 

私が『picnic album 1』(2010年発売)というカバーアルバムを出したとき、監督にCDをお渡ししたんです。多分監督は、その頃から『この世界の片隅に』の準備を始めていたと思うんですけど、そのアルバムに入っていた“悲しくてやりきれない”という曲が、主人公であるすずさんの心情にすごく合っているということで、ずっと聴いてくださっていたらしくて。
コトリンゴインタビュー)http://www.cinra.net/interview/201611-kotringo 

 

 この作品は、どうも制作のかなり初期の段階から、「悲しくてやりきれない」という気分が、意識されていたようだ。


 そして上映の途中から、「ああ、戦争映画になってしまっている」と思いはじめた。見終わるまで、その気分は変わらなかった。

 四人で観たのだが、僕を除く三人は、原作を読んだことがなくて、上映後に、口々にこんなことを言った。
「心臓に悪い映画だった」
「重い」
「重かったですね」

 

 たとえば、晴美さんが亡くなるシーンがとても強調されていた。
 原作ではもうちょっと淡々としている。
 映画的演出。暗闇になって、変な模様? みたいなものが出てくるのは、原作に比べればちょっと強めの演出に思えた。
 あんなに強調されると、なんだか、悲劇のために殺されたような印象を受けてしまう。
ONE PIECE』で、ゾロの設定固めのためだけに(僕はそう思う)出てきてあっけなく死なされる「くいな」というキャラを連想した。
 物語の都合で殺されるような存在は、一人だっていないほうがいい、フィクションだから、架空の人物だからいい、というわけではない、と僕は思う。

 晴美さんの死は、まず径子さんやすずさんにとって重大なもので、観客にとって重大なものではない。僕らが勝手に、我が物としてよいものではない。
 僕はそう思うのだ。だから原作では、あのくらいの描き方にとどまっているのだと。
 映画では、たぶん、晴美さんが死に、すずが右腕を失うシーンを、一つの「山場」としていた。そういうふうに演出していた、と思う。それは映画としてはとても正しい態度だとは思う。
 だが、人生に山場などあるだろうか。生活に、日常に、ことさらに強調されるべき山場はあるだろうか。一人の人間の人生についてならばいざ知らず、「時間」というものの中で生きる、複数の人々について、「山場」というものは設定できるだろうか。

 爆発のあとで、寝込んでいるすずさんの夢(だか回想だか想像だか)が描かれる。原作では7ページ・28コマ(薄い線で囲まれたコマのみをカウント。最後の晴美さんと花畑の1ページも1コマとして数えている)にわたるその夢の中で、晴美さんが出てくるのは7コマ(側溝と下駄のコマを入れて10コマ)にとどまる。

 いろいろなことがあるのだ。
 いろいろな人が生きているのだ。
 その中で、晴美さんは亡くなった。
 ここで晴美さんのことだけを描かないバランス感覚は、本当にすごい。
 映画では、一瞬、ほんの一瞬だが、その美意識を崩してしまったように思う。
 夢に入るまでの数秒か、せいぜい十秒ほどの間。
 観客に、「晴美さん(もしかしたらすずも)は死ぬんだけど、準備はできてる?」という時間を与えた。
 そこで晴美さんの死は強調されて、「悲しむための死」になってしまっては、いなかっただろうか。
 彼女たちの生活から、晴美さんの死をコピペして、観客の胸に貼りつけてしまった。

 

 話がかなり横道にずれてしまうが、『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』で、バーニィという主要キャラが最後、亡くなってしまう。それがゆえ「一流の悲劇」(結城恭介先生によるノベライズあとがきより)となったのは確かだが、僕はバーニィが死んで、本当に悲しかった。ずっと泣いていた。何も死ぬことはないではないか、と思った。フィクションだから殺していい、のではなく、フィクションだからこそ、殺さないことができる。バーニィモビルスーツに乗っていて、コックピットを貫かれて死ぬのだが、もしアレックスの攻撃がちょっとでもずれていたら、助かったはずなのだ。
 結城恭介先生は、小説版の最後で、バーニィを生かした。奇跡的に意識を取り戻したのだ、という一節を、はっきりと書いた。僕はそれで、本当にこの作家のことが大好きになってしまった。
 これにより、「一流の悲劇」は「三流のハッピーエンドに堕ちる」(前述のあとがきより)ことになったかもしれない。それでも、僕にとっては救いだった。自作を「三流」たらしめる危険を引き受けてまで、結城先生はバーニィを助けたのだ。

 こんな野暮なことは言わないでほしい。「もし最初からバーニィが死んでいなかったら、お前は『ポケット』をそんなに好きにならなかったんだろ?」と。確かに、あんなに泣くことはなかったかもしれない。だけど、「好きなアニメが一本へる」ことと、「大切な友達が死んでしまう」こと、どっちをとるかと言われたら、答えは決まってる。シオン様(『レヴァリアース』)だって、死なぬが良いに決まっているのだ。

 だからもし、映画『この世界の片隅に』で、晴美さんが生きていたなら、僕は惜しみない称賛の拍手を送っただろう。実のところ鑑賞中、始終それを祈っていたのである。正確にいえば、「原作をずいぶんとはしょっている」ということに気付いた瞬間、「じゃあ晴美さんが死なないエンドもありうるな!」と期待した。
 でも、そうじゃなかった。当然だ。それじゃ「三流のハッピーエンド」だ。売れる映画には、到底ならない。僕の大好きな結城先生の小説だって、決して売れるものではなかった。優しすぎるのだ。

 

 原作をはしょる、ということについて。

 それ自体が問題になるわけは、もちろんない。2時間の映画におさめるためには、当然整理は必要になってくるだろう。結果的に2時間の映画としてまとまった「整理された物語」は、ほとんど完璧なものといえた。

 ただ、「どこを削ったか」というところは気にしたい。あるいは「どこに何をつけたしているか」。それで、この映画がどういう映画であったのか、ということが、少しくらいは見えてくると思う。

 

 映画では、リンさんにまつわるエピソードがほとんどない。

 そこは、描かなくてもいいという判断なのだろう。

 極端なことをいえば、リンさんを登場させないことも可能だったし、周作さんが水原さんにすずさんをあてがう(抱かせようとする、と解釈できる)シーンも、カットすることができた。
 だって映画版は、周作さんが遊郭に行った、ということは、匂いすら感じさせないんだもの。それであの「あてがう」シーンだけがあると、ギョッとするよ。
 あの切り取られた帳面と、エンドロールの後のクラウドファンディングありがとうロールの下の絵だけで、周作さんとリンさんの関係を読み取るのはさすがに無理だ。だから映画版では、周作さんとリンさんとは特に関係がなく、周作さんが遊郭で女を買っていたことも、すずさんは知らない(あるいは、知っていたとしても描かれていない)とみるのが妥当だろう。

 僕が原作『この世界の片隅に』を好きなのは、すずさんとリンさんとの関係によるところが大きい。そもそも「すず」と「リン」はどちらも「鈴」と書けるわけだし、この二人の対比や呼応は、作品のかなり根幹となる部分を支えている。それを映画では、ばっさりと切った。ほとんど。
 すずさんとリンさんは友達なんだけど、すずさんの夫である周作さんはリンさんをかつて買っていて、そのことをすずさんは知ってしまう、というのが原作の設定。すずさんはそれを呑み込みながら、夫と生活を共にし、リンさんのことも友達として大切にし続ける。ここが……なんというか……この作品の凄みの一つだと思うのだが、映画版ではカーット! なのである。なぜか。


 倫理的な問題?


 いやしくも、広島や呉の人たちからも協力を得て制作された「戦時下を描いた映画」なのだから、夫が遊郭で遊んでてうんちゃら~みたいな、そういう内容は、削らざるを得なかったのかな? 小学生にも問題なく見せられる、健全なものにしたかったのかな?
 そういう可能性も考えられる。そうだったら、やだなあ。
 だってそれじゃ、いったい、なんのために『この世界の片隅に』を映画化するのか、わかんないじゃん。「健全なものにしたいからこういうふうに変えます」っていう姿勢でやるくらいなら、ぜんぜん別の作品を作って、そこで「健全」をやればいいもん。
 だから、こういう事情ではないと思うし、もしそうだとしたら、すっげーやだ。

 では、どういう「事情」があったと僕が思うかというと、それは「リンさんと周作さんとの関係を入れると、わかりにくくなるから」だ。
 話が複雑になる。
 観客に、わかってもらえない可能性がある。
 考えることが多くなりすぎるのだ。

 僕は、そここそが原作の魅力だと思っている。リンさんと周作さんのことを知ったすずさんが、何を思うのか。何を思いながら、周作さんと暮らすのか。何を思いながら、リンさんと接するのか。何を思いながら、水原さんに身体を預けるのか。何を思って、水原さんに“抱かれない”のか。自分を水原さんに「あてがった」(ヤらせようとした)周作さんのことを、どう思うのか。あの口げんかは、どういう気持ちでしていたのか。
 そういうことは、ほぼ、すずさんの口から直接的には語られない。だから、わからない。わからないけど、何かを感じたり、考えたりしてしまう。「文学性」なるものは、そういうところに宿るんだと思う。

 水原さんに「あてがわれた」事件について、すずは周作さんに詰め寄る。

 

すず「でも周作さん 夫婦いうてこんなもんですか? …………うちに子供が出来んけえ ええとでも思うたんですか?」
周作「……そがいなんどうでもええくせに ほんまはあん人(にい)と結婚したかったくせに」
すず「は!? どうでも良うないけえ怒っとんじゃ」
周作「ほーー怒っとるとは知らなんだ」
(このあとしばらく、ふたりの口げんかが続く。)


 これが映画では、ずいぶん違ったやり取りになっていた。

 まず、「夫婦いうて」が「夫婦って」とか、そんな感じになっていたはずだ。この「いうて」と「って」の違いはでかい。前者は「夫婦という肩書きを背負って暮らすことって」とか「口では夫婦だと言っておいて」とかいったようなニュアンスが含まれると思うのだが、後者にはない。こういう細かなニュアンスが省かれるのも、たぶん、わかりにくいからだろう。「いうて」と言ってしまうと、そのニュアンスが断定できなくなる。「って」だと、「夫婦というのは」という、単純な意味にしか取れない。

 また、「うちに子供が出来んけえ」というのもなかったはずだ。「すずに子供ができない」という事情は、たぶんほとんど描かれていない。いちど妊娠したかと思って病院に行ったら、そうではなかった、というエピソードが、ギャグタッチで描かれるのみだった。原作では、妊娠と思ったのは「栄養不足と環境の変化で月のめぐりが悪いだけ」というふうに描かれていて、ページのハシラに「戦時下無月経症」の説明が書いてある。これはリンさんとのやり取りの中で出てくるのだが、そのシーン自体が削られているため、映画には出てこない。
 また、すずがリンさんと周作さんとのことを知ったあと、すずさんと周作さんが性行為を途中でやめる(というふうに解釈できる)シーンがあり、そこで周作さんが「もしかして子供が出来んのを気にしとんか?」と言うのだが、この場面もない。

 リンさんと周作さんの関係が消されているのだから、当然といえば当然なのだが、もしや「健全ではない」ということで採用しなかったのでは、という邪推もしないではない。あるいは、不妊で苦しんでいる方々への(謎の)配慮ででもあろうか。

「ほんまはあん人(にい)と結婚したかったくせに」もなく、その代わりに、これはけっこう忘れてしまったが、「わしには見せん怒り顔を見せとったじゃろう」みたいなセリフがあって、それに対して「だから今怒っとるじゃろうが!」というすずの返答。そこから先は、原作通りにくつしたがどうとかいう言い争いになる。

 ただの痴話喧嘩じゃねえか!(許さんぞ!)

 なんでしょう、複雑な心の機微というか、僕が原作に感じていた「凄み」の部分は、ことごとくカットしていくんですね、この映画では。

 で、わかりやすい「恋愛」にさせていく。

 この喧嘩のシーンはその象徴の一つで、原作ではきわめてきわどい会話だったのが、「これをきっかけに本音をぶつけ合える二人になる」という、恋愛ものにありがちな「雨降って地固まる」場面としてのみ強調される。「初めて感情をあらわに出せるようになったすず。初めて(?)けんかする二人。よかったね、これでこれまで以上に仲良くなったね! 水原さんは噛ませイヌ!」みたいな場面になる。改変された二人のやりとり(「あいつにばっか素直にして!」→「いまあなたにも素直になってるじゃない!」的なの)は、まさにそういう演出である。

 ああ、わかりやすい。わかりやすい。たくさんあったけもの道がすべて潰され、舗装された大きな道路になるように、「男女の愛」というわかりやすい一本道が整備される。

 もう一つ象徴的なシーンは、機銃を避けて側溝に落ちた周作さんとすずが、言い合いをするところ。
「広島へ帰る」と言うすずに対して、その理由を問いただす周作さん。原作と映画の違いはこうだ。※()はモノローグ

 

【原作】
周作「手の事を気にしとんか」
すず「(そうです)」
周作「空襲が怖いんか」
すず「(そうです)」
周作「………………晴美のことか」
すず「(そうです)」
周作「聞こえんわい」
すず「「違います」」
周作「じゃあ何でじゃ」
すず「………………(ほれそうやって ふたりで全て解決出来ると思っているからです)」


【映画】
周作「手の事を気にしとんか。空襲が怖いんか。晴美のことか」
すず「(そうです、そうです、全部そうです)」
周作「聞こえんわい」
すず「違います」
周作「じゃあ何でじゃ」
すず「………………」

 

 細かいところは違うかもしれないが、概ね間違ってないと思う。
 原作では、手、空襲、晴美の話題に対して、それぞれに逐一「そうです」と言葉を挟む。映画では、三つの話題が出そろったあとで、まとめて「そうですそうです全部そうです」と言う。
 これって、けっこう違うと思うんだけど、うまく説明ができない。

 たぶん、原作のほうが「何を言われても『そうです』と思う」ニュアンスが強い。映画版は、三つまでを聞いた時点で初めて、「そうですそうです“全部”そうです」と言うから、四つ目の登場が想定されていない。原作のほうは、四つ目、五つ目に何を言われても、おそらく「そうです」と答えただろう、という気がするが、映画は三つでいったん区切られる。だから、映画では「手・空襲・晴美」で「そうです」の内容は終わってしまう感じがする。原作だと「手・空襲・晴美……」と続いていきそうだ。
 この「……」は「全部」という言葉で表現されている、と捉えることもできるが、逆に「全部その三つのせいです」という解釈だって成り立ってしまう。ここでそういう解釈の多様性を狙っていく必要もあまりないと思うのだが、どうでしょうか。

 最大の違いは、「ほれそうやって ふたりで全部解決出来ると思っているからです」というモノローグのニュアンスが、映画ではまったく使われていないところ。
 このあとも、周作さんと会話しながらすずのモノローグは続き、リンさんの話題を持ち出す周作さんに対して「(あの人を呼ぶこの人の口の端に愛がなかったかどうかばかり気にしてしまうとは)」とすずさんは思う。当然映画ではカットである。※「あの人」とはリンさんのことで、「この人」は周作さん

 こういう、複雑な心情はいっさい語られない、というか、ないことになっているのである。生きるか死ぬかの瀬戸際を経て、周作さんと二人きりになって、しかし心の中では、周作さんを批判したり、白木リンとの関係ばかりを気にしたりしている。この複雑さこそが、原作『この世界の片隅に』の真髄だし、すずさんのあの夢にいろんな人を登場させてみせるのと同じ、きわめてきわどい「バランス感覚=美意識」なのである。※美意識とはバランス感覚、と書いたのは楳図かずお先生の『14歳』


 僕は、原作の『この世界の片隅に』を、本当に、究極に複雑な話だと思っている。それをずいぶんと単純に、わかりやすくしたのが、映画版だ。
 きわめて、すぐれて、単純にしたからこそ、大傑作たり得た、とも思う。だから多くの人にわかって、受け入れられた。
 ただ、「名作」と呼ぶのにはどうしてもためらいがある。
 わかりやすいものは名作たり得ぬのか、といえば、そんなわけはないのであるが、どうも僕はあの映画から、優しさや美しさを受け取れないのである。
(もちろん、かなり多くの人はたぶんそれを受け取っていて、僕が受け取れないのは人格か、タイミングの問題だ。)


 どうしてそうなのか、というのは、このブログに書いてあることが最も近い。

 

YADAGAWA Blog

 こうのさんは「戦時の生活がだらだら続く様子」や、「「生」の悲しみやきらめき」を描いていたのだと思います。徹底的といえる取材で細かく丁寧に描かれていたのは、まさにそれこそが「描くべきもの」であったから。
 ですが、片渕さんはインタビューをいくつか読んでいくとどうもそうではない。「「ご飯を炊く」ということの意味が変わってくる」……ご飯を炊くというのは、何かはよくわからないですが「意味」というものを表現するためのものらしいのです。そして、その「意味」をよりよく伝えるために、徹底的なディティールにこだわる。

 

YADAGAWA Blog

 とにかくディティールを追求する。時代考証を徹底的にやる。でもそれは、もっと大きな何かを表現するためにやったこと。こうのさんが描こうとしたもの、描いたものを、(かなり悪くいうと)「表現技法の一種」として「利用」したのではないかと感じました。そして、監督が表現しようとしたもっと大きな何か(何なのかははっきり分かりません)こそが、マンガとの大きな違いで、そこに違和感を感じたのかもしれません。

 僕は「裏の畑から戦艦大和が見えるところでご飯を炊く」風景の向こう側にある「意味」よりも、「裏の畑から戦艦大和が見えるところでご飯を炊く」姿こそが観たい。楠公飯を炊くことが意味する「何か」よりも、ぶくぶくに膨れてとにかく不味そうな楠公飯とそれをすずたちが不味そうに食べる様子を観たい。デートに誘われて「しみじみとニヤニヤ」するすずの顔を観たい。すず達の生活を「意味」のための小道具にしたくない。

 ...まあ読んだ後観た後に調べた話だから、こじつけのようなものかもしれません。
 でも、こうのさんがすずとその世界を丁寧に丁寧に描いたのは、意味とかテーマとかではなくて、それそのものに美しさがあったからだと思いたいですね。

 


 ……ほとんど全文をコピペしてしまったが、ユニークIDを取れないブログなので、仕方なくやった。仲の良い友達なので許してほしい。(こうやって不特定多数の目にさらされるのも本当はイヤかも知れないが、素晴らしい感想だったので……。文句はうけつけよう。)


 また、監督について「淫らな感じ」とか「誠実というより貪欲」という意見も目にした。貪欲。なるほど。ディテールにこだわり、そこから意味を浮き上がらせていこう、という徹底さは、素晴らしいと思うが、たぶんこうの史代先生のやり方とは違うし、僕が好きなやり方とも違う。
 こうの先生も本当に徹底的にものを調べて書く人だけど、地元である呉市の風景などについては、「そっちは行ったことのない道だから作品には出ていません」と言うような人なのだそうだ(ソースは「マンバ通信」の監督インタビュー)。
 より実感に裏打ちされているというか。より現実を大切にしているというか。架空のものを作るために現実に取材しているのではなくて、あくまでも先にあるのは現実、という意識なんじゃないかな。
 監督はどうも、「これから表現するもの」のために、取材をしたり体験をしたり、しているような気がする。こうのさんは、「実際にあるもの、あったもの」のために描いているのではないだろうか。このへんはほんとにただの直観だけど。

 なんだか、そういうところを感じてしまって、どうしても原作にあるような体温を、僕は映画で味わうことができなかった。
「生きる」っていうのは、そんな単純なことじゃないんじゃないだろうか。
 単純化された「生きる」のレプリカ、ではなくて。

 そう、こうの先生はあとがきにこう書いていた。

 

 そこにだっていくつも転がっていた筈の「誰か」の「生」の悲しみやきらめきを知ろうとしました。

 ただ出会えたかれらの朗らかで穏やかな「生」の「記憶」を拠り所に、描き続けました。


 こうの先生が描いたのは、たぶん「生きる」ということで、「死ぬ」ことではない。僕が晴美さんの死を強調されることをひどく嫌うのは、そういうところにも理由があったのかもしれない。

 死ぬというのはたぶんあるていどには単純なことで、生きるというのはあまりに複雑だ。
 だから、生きることを描くためには、何も単純になんかしてはいけないと思う。

 


「わかる」ということばかりを大切にすると、「単純」というものが猛威をふるい、「生きる」という複雑さがなおざりになってしまうのではないだろうか。

 


 もちろん、「わかる」ものであるからこそ、多くの人に受け入れられるのだし、人の心にストレートに訴えるのだし、何度も書くが、だからこそ映画版は大傑作なのだ。しかしそれは、あの複雑な「生きる」ということをはっきりと描ききった原作とは、ぜんぜん違う種類のきもちを喚起させるものだと僕は思う。

 ある女の子が、原作を読んで、「これってすごい難しい話だよね」と言っていた。彼女はまだ映画を観ていないようだったが、「よくこれを映画化しようと思ったもんだ」と感心していた。あんなに難しい、複雑な話(「ストーリー」が複雑なのではなくて。念のため)を、よくぞあれほどわかりやすくしたものだと、僕も驚嘆する。
 映画を観て、よいと思った人にはぜひ、「生きる」ことの複雑さをそのまんま描いたあのすばらしい原作も、ぜひ手にとってほしい。

 

 映画版は「複雑な人間の心」というものをざっくりと捨象して、その代わり「生活」に大きなスポットライトを当てた、と僕は思っている。
 その象徴が、終戦直後のあの場面だろう。原作とはかなりかけ離れた、あのセリフ。


「海の向こうからきたお米や大豆、そんなもんでできとるんじゃろうなあ、うちは。じゃけえ暴力にも屈せんとならんのかね」


 友達がmixi日記で、この場面を引き、戦時下の食糧事情を踏まえた見事な考察を行っていた。この物語において、戦っていたのは「女」なのだ、と。その通りだろうと思う。(引用したセリフも、彼の日記から拝借した。)
 人間と人間との心の関わり合いには深く踏み込まず、ひたすらに「生活」を描いていたのは、それを支えていた「女」たちの戦いを描くためだった、ということか。
 その観点においては、やはり「悲しくてやりきれない」なのだろう。
 ようやく、少しは腑に落ちた。
 戦争映画になってしまった、とはじめは嘆いたが、そういう意味での闘いの映画であるとも思えば、「なるほど」ではある。そういう道路なら、嫌いではない。
(それでも、晴美さんの死は強調されなくていいとは思う。あれを強調と見ない捉え方もあるかもしれないが。)


 それにしても。「海の向こうからきたお米や大豆」という、一見唐突にも見えるセリフが、食を通じて戦い続けていた「女」たちのこと(事情や気分)を、たった一言で表現してしまっている。そのことは素直に本当にすごい。

 原作のそういう部分を、原作以上に強調して、素晴らしい成果を収めている。戦時下の「生活」を描いた映画として、超一流の作品だと思う。

 原作との差異について考え始めた時、最初はつい「制作者とは気が合わないな」と感じてしまったのだが、この友達の考察を読んで、認識があらたまった。
 彼らは「生活」を徹底的に描いていたのだ。それは周作さんやリンさんとの複雑な関係や気持ちを通じて描かれる「生きる」とはまた別の、また別に普遍的な、「生きる」である。

 そして、「お米や大豆」の一言についてだけ言えば、あれはなかなか「わからない」ものかもしれない。ある意味で最も大きな「山場」において、一点の「わからない」を象徴的に飾った。その他のところは「わかる」に終始させておきながら。
 それはちょっと、本当にすごいところなのかもしれない。

 


 僕はどうしても「複雑な人間の心」のほうにも興味があって、それが見られなかったのはやはり残念だ。願わくは同じスタッフ・キャストで、そっちのほうに焦点をあてた映画も制作してくれないかしら。A面とB面みたいな。両方あって、どちらも素晴らしい作品であれば、それが何より……。続編というか、姉妹編として、やってみてほしいなあ。
 そしたら今度は、クラウド・ファンディングにも参加します。ファインディングにも。

 

 こういう考え方の前提は、一つ前の記事に書いたようなことがあるので、興味があればご覧ください。


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「間違っていたなら教えて下さい 今のうちに」という、単行本の末尾にある言葉は本当に誠実さをかんじて、大好きです。セリフの細かいところなど、間違っているところがあればご教示ください。

「わかる」偏重主義時代(『この世界の片隅に』前段)

「わかる」ということがそんなに大事かよ、というのは折にふれて思うのである。

 わからない、ということの効用については、橋本治さんがまさに『「わからない」という方法』(集英社新書)に書いていたが、そういう本が生まれなければならないというのは、今の世の中がいかに「わかる」を偏重しているか、ということが前提にある。


 しかし、「これが正しい」とはっきり思えるようなことが何もなくなったような現代、もう「答え合わせ」の時代は過ぎ去ったのだ。それなのにどうして、「わかる」ことが依然として偏重、珍重され、至上のものと奉られるのか?
 それは、今が「答え探し」の時代でしかないからだ。「答え合わせ」の亜流に過ぎない。
 これまで(橋本治さんふうにいえば二十世紀)は、「用意された答えに合わせていれば事足りる」時代だったと思うが、今は「自分で勝手に答えをはじき出し、その責任は自分で負う」なのではないだろうか。
 ペーパー式の、センター試験のように明確な答えの定まったテストで100点を取る、というのは、まさに「用意された答えに合わせる」が完璧に成功した例である。あらかじめ定まった答えに、自分を合わせていく。それでよかったのが、これまでである。
 今は、自分で考えた答えによって、他人を納得させなければならない。それは大変ではあるものの、「誤答」という可能性は減ったはずだ。どんな生き方でも、どんな選択でも、認められる目がある。それは幸福なことかもしれない。

「答え探し」が許されるのは、個人主義が実現した証拠である。誰が何を、どう考えてもいい。どんな答えを出しても、他人を妨げない限り、干渉されることはない。それが自由であり、そのように自由であることが、個人ということである。(建前としては少なくともそうだ。)
 自由な個人には多様性が許され、「解釈」というものが流行る。
 一つの映画に対して、さまざまな解釈があって良くて、「それは間違っている」という言葉がナンセンスとされる。「人それぞれやでぇ~」という言葉が、力を持つ。
 だから、「どんなわかり方をしても問題ない」ということになる。

 で、「わかる」ということがもてはやされるわけだ。
 許されていて、気持ちがいいから。
 また、それによって「承認」も頂ける。時によれば、褒めてもらえる。
 どんなわかり方をしてもいいので、「わかる」ことにもう、困難はない。人はもう、労せず「わかる」ことができる。
 わかり方は自由で、人それぞれだからだ。
「わたしはこういうふうにわかった」と言えば、それまでである。それで正しい。
 だから、「わからない」ということは、避けることができるし、誠実に「わからない」と思ったとしても、それを無理に「わかる」ことはなくて、別の「わかりやすそうなもの」を「わかる」ことにより、満足が得られる。
 これには僕ももちろん助けられていて、とてもありがたいことではある。

 しかし、人々がとにかく「わかる」ことを求めると、「わかる」ものばかりがもてはやされる。偏重される。
「わからないもの」は、「面倒くさい」と忌避される。

 わからないのにものすごく流行るものといえば宮崎駿監督の映画だが、あれは本当にすごい。特に最近のものは、『ポニョ』にせよ『風立ちぬ』にしても、「わかる」とは言い難いはずだ。勝手に「わかる」ことがしやすいのだろうか。あるいは、わかるわからないは置いといて、気持ちが良いのだろうか。正直言って、このことに関しては僕はよく、わからない。(だからこれからも宮崎駿監督作品については考え続けたい。)

 人は、「わからなくてもいい」となると、平気で「わからない」と言い、それを放り投げる。「わかる」となれば、がぜん、抱き込む。
 だから、「売れる」作品を作ろうとすれば、原則として「わかる」ものを作らなければならない。

 なんてことを言っていたら、「『エヴァンゲリオン』のように、わからないことが前提であるものを愛でる風潮も同時にあって、二極化しているのでは?」とコメントをもらった。
 確かにそうだな、と頷きつつ、でも「二極化」という言い方は僕の考えていることとはやや違うな、とも思い当たった。
エヴァ』のような作品は、たぶん、「わかる」ためのものである。
「わからない」まま受容するというよりは、力ずくでも「わかる」ことを楽しむ作品なのではなかろうか。だから「解釈」や「解説」という言葉が、あの作品のまわりからは多く聞かれる。
 普通なら、「わかる」ようにやさしく手ほどきしていくような作品でなければ売れない、はずなのだ(と僕は思う)が、『エヴァ』にはきっと「何がなんでもわかってやる」とか、「わからないけど、わかりたい」とか、思わせる力があるのだろう。
 ……ただ、新劇場版の、あのすさまじいヒットについては、よくわからない。もっとわかりやすくなっているのだろうか? それとも、「わからないけど、なんか気持ちいい」と思わせるものがあるのだろうか。いずれにしても、やはりすごい作品なのだなあ。(最初のTV版以外観ておりません。)
エヴァ』にお金を出す人の、すべてが「謎豚」であるわけがなく、ごくふつうの、いわゆるオタクでない人だって観に行っていた。それは「宣伝」とか「イメージ」の力なのかもしれないし、それらとはまた別に、ものすごい、僕のまだ知らない魅力があるのかもしれない。

 それで、さて、今回の問題意識なのだが、「並の作品は、『わかる』ほうに寄せられる」である。
 全体としては、やはり「わかる」ほうへ、たとえば映画は、寄せられていると思う。
 売れなきゃいけないんだから、当たり前の話。
 わかりやすくなっている。何がなんでも、一回で観客をわからせなければならない、という執念を感じる。さらに「もう一度観れば、“もっと”わかりますよ」という囁きによって、観客を「わかる」の悦楽に引きずり込もうとする映画が、多いように思う。

イニシエーション・ラブ』という映画の有名なキャッチコピーに、「最後の5分全てが覆る。あなたは必ず2回観る」というのがある。観客は、最後の5分で、ある事実を明かされて、ものすごく気持ちのいい「わかる」を経験する。「そうか、そういう映画だったのか!」という気付きを得る。そして2回目の鑑賞では、「なるほど、そういう視点で見れば、このシーンはこういうふうに解釈できるのか」と、ふたたび「わかる」を楽しむことができる。
 映画とその広報が、自覚的に、観客に対して「わかり方」を指南しているわけである。「こういうふうに『わかる』と、この映画は面白いのです」と。
 これはどちらかというと、「あらかじめある正解に合わせる」というわかり方なのだが、巧みなことに、これだと観客はあまり「押しつけ」を感じず、「自分でわかった」という気分になれるようである。イケアで買った家具を組み立てて、「自分で作った」ような気になって愛着が湧く、というのと似ている。(これについては小沢健二さんの『うさぎ!』三十九話を参照。DIYの話。)
 学校の勉強に関してでも、これになぞらえたことが言えるが、長くなるし繊細なところも含むので、今回はよしておこう。

 よく言われることだが、昔の映画には「セリフでわからせる」ということが少なかった。表情や情景描写のような「演出」によって、言葉少なでも伝わるような作りになっていた。言葉で語るなら小説でいいだろ、という気分が、あったのではないかと思う。
 今は、すべてセリフで説明してしまう。そういうものが売れる。観客は、「わからない」ものなんか基本的には観たくないし、セリフがなくても「わかる」ほどの理解力は、持ち合わせていないのだ。
 昔の観客は優秀だった! という単純な話でなく、たぶん昔は「セリフがなくても当然わかる文脈」というのをみんなが共有していたから、という事情によるのだろう。男が背中を見せて立っていたらそれだけで泣ける、みたいな。(適当な例が思い浮かばない……。)えーと、椿が落ちたら処女喪失、とか?(違うかーガハハハ。)
 ともあれ、「共通認識」ってのは、今よりも昔のほうがあったように思うから、そこを攻めていけば、セリフなしで伝える、ってことはしやすかったんだろうな、とは思う。だから今の映画が説明過剰になっていることを、単純に堕落とのみ捉えるべきでないとは思う。今は「みんながわかる表現」に乏しいから、セリフで表現しないといけない、のかもしれない。

 とはいえ、とはいえ。
 セリフにも、共通認識にも頼らない、あるていど普遍的な「わかり方」ってのはきっとあって、そういう作品が僕は好きだ。そういうものが「売れない」というのは確かだと思うけど。

 というわけで『この世界の片隅に』の話になる。
 現在絶賛上映中の映画で、こうの史代先生の漫画が原作。
 あの映画は、「わかる」ということを徹底的にさせることで、成功した。
 その代わりに、原作にあった「わからない」「わかりにくい」部分を、ことごとく封印した。
 僕はその「わからない」「わかりにくい」ところこそに魅力を感じていたから、ちょっと残念だった。でも、「売れる映画」にするためには、それしかなかったのかもしれない。

 詳しい話はまた明日。稿を改めます。

 

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蹴鞠にはサービスがない

 先日、ある人のお話を聞くために、あるバーに行ってきた。
 そのバーは、独立国家であるそうで、構成員として法皇枢機卿、司教、司祭などがいるらしい。バチカンを模しているのであろうか。
 毎夜バーテンとして「肩書きのある人たち」を呼んで、「○○バー」と題して、イベント的な営業を行っているようだ。(この肩書きとは、たとえば「○○教信者」とか「○○障害」といったものも含む。)
 住宅街の真ん中にある、こぢんまりとした、元々はスナックか何かであったらしい店。雑然と、さまざまなモノが置かれている。とても良い雰囲気だと思った。キャッシュオンデリバリー方式(マクドナルドやドトールのように、注文と同時にお金を払うシステム)で、チャージが五〇〇円、ドリンクは一律五〇〇円。「計算が面倒くさいから」だそうだ。そういうところも好感が持てる。
 健全かどうかといえば、健全ではない。(これは褒め言葉にもなるだろう。)
 その最高責任者と話をした。彼は、「店や自分にまつわる面白い話」や、「これまでにどのようなイベントをやったか、誰が来店したかという話」、「ある有名な人とどれだけ仲が良いかという話」などを披露してくれた。隣には「バーテン長」のような人がいて、いろいろと調子を合わせ、語ってくれた。基本的には、「この店はどれほど特異であり、巨大であるか」という話に終始していた、と僕は感じた。
 それはサービス精神でもあろうが、サービスというのは、そもそも一方的なものである。
 そういう意味なら、サービスのよいバーは苦手だ。

 サーブ(サービス)が飛んできたら、それを受けて、返して、ラリーになる。ところが、テニスでも卓球でも、バレーでもバドミントンでもなんでも、スポーツというのは原則として、「ラリーを続けて楽しむこと」を目的としない。彼らの執心は「自分の側に点数が入るような形で、ラリーを終わらせる」ことにある。
 僕は蹴鞠が好きである。蹴鞠とは蹴り上げられて落ちてきたボールを別の人がまた蹴り上げ、決して地面に落とさないように上空に蹴り上げ続ける遊び、だと理解している。バレーボールを使って手でこれを行うことも多い。こちらは原則として「続ける」ことが目的で、終わりを目的としない。「和をもって貴しとなす」日本人にはぴったりの遊びだ。
 この蹴鞠には「サーブ」がない。少なくとも、ふつうそうは呼ばないと思う。
 もともとは「相手が受けやすいように投げ入れる」からサービス(=奉仕)と呼ぶのだそうだが、それでも、蹴鞠のような仕組みだと、「奉仕」というにはなんか変だ。みんなで協力してやるものだから。

 僕は気持ちの良いサービスを受けるよりも、永遠に続くラリーが好きである。蹴鞠を愛している。
 自前のサービスに自信があれば、それを勧めたくなるのもわかる。しかし、押しつけがましいのは御免だ。

 一人で立っているバーに客が一人入ったら、そこは「二人の空間」になって、二人で蹴鞠をする。もう一人客が入れば、「三人の空間」になって、三人で蹴鞠をする。と、いうのはもちろん、僕の美学である。誰もがそれを良しとするわけではない。僕のようなサーブ嫌いはそうはいないであろうから、思いっきり少数派かもしれない。でも、そういう人だって居んだよ、ってことで、僕はそれを長い間主張し続けているのだ。

 なんだか、彼らの話を聞いていたら、どかどかサーブを投げ込まれて、こっちがどう返しても、「自分の側に点数が入るような形で、ラリーを終わらせる」ことを意図したような反応が、たいてい戻ってきていたような気がするのである。
 そういうコミュニケーションは平和ではない。


 これはもちろん、数日前の「自分の自信の中に相手を取り込んではいけない」と、まったく同じ話だ。
「謙虚さとは、孤独であることに耐え、それを当たり前と考えること」とその時書いた。
 自信がない人は、他人に承認を求める。
「すごいでしょ、ねっ?」と言いたがる。
 それは「孤独ではいたくない」という叫びなのだと僕は思う。
 承認欲求は孤独からの逃避であり、容易に傲慢と手を結ぶ。
 他人を巻き込むもんじゃない。


 今わたしたちに大切なものは 恋や夢を語り合うことじゃなく
 ひとりぼっちになるための スタートライン


 って、海援隊も歌ってましたよ。(3年B組金八先生第四シリーズ主題歌『スタートライン』)

 

 

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いまの流行語は「大人」

「大人」という単語が、不思議な使われ方をしている。
 お気付きだろうか?
 芸能関連でよく聞く。
「それは大人が決めたことだから」とか、「大人が悪いんだよ」とか。

 あるアイドルグループのメンバーがテレビに出て、ちょっと過激な発言をして、芸人にこう突っ込まれたとする。「あなたアイドルなのに、そんな発言して大丈夫なの?」そうすると、アイドルはこう答える。「ああっ。また大人のひとに怒られちゃう……!」
 ここでいう「大人」とは、アイドルグループを運営するスタッフとか、所属事務所の人とか、ひょっとしたらテレビ局の人とか、をさすのであろう。
 ただ、そのアイドルは平気で二十歳を過ぎていたりするのである。
 不思議だ。
 最近だと、四十代のある芸人の方が、同じようなニュアンスで「大人」という言葉を使っていた。(確かナイナイの岡村さんがラジオで言っていたのだと思う。少し若い世代ではオードリーの若林さんなんかも『しくじり先生』で言ってたかな。)
 自分は「子ども」だとでも言うのだろうか?
 たぶんそういうわけでもなくて、ここでは「支配する側」のことを「大人」と呼んでおり、そうではない自分たちと、明確に区別しているのだ。
 支配者とも、権力者とも言えないから、「大人」。
 自分たちとは関係のないところで、小さなことから大きなことまで、あらゆることを決定している人たち。

 レコード大賞を誰が取るのか、ということを考えているのも、「大人」である。
 レコ大の「審査員」を指して言うのではない。そればかりか、彼らが含まれるかどうかも、よくわからない。「芸能界でお金を握っていて、いろいろな決定権を持つ人たち」がレコード大賞の結果を左右していることはもう明らかなので、そういう人たちを「大人」と僕はいま呼んだ。
 広義では、そういう人たちの手先というか、そういう人たちの影響力の及ぶ、あらゆる体制側(!)の人たちが、たぶん「大人」と呼ばれていて、今や当たり前のようにつかわれている。
 芸能界においてタレントは原則として「駒」にすぎず、それを操っているのは「大人」だというわけで、もはやそのことを誰も隠さなくなっている。その象徴が、今や芸能人たちが当たり前のように使う「大人」という語、なんではないかな。

 芸能界以外でも、「大人」という言葉は使われている。
 あるドキュメンタリー映画で、自民党の集まりか何かにカメラを持って入って行ったら、止められて、こんなことを言われたのだそうだ。「あんたあれでしょ、表現の自由とか言いたいのかもしれないけど、今は大人の話だから」と、ピシャリ。
 憲法よりも優先される、「大人」の話。
「大人」という語が、「支配する側」という意味で使われた(と解釈可能な)例の一つだ。

 大人というのは、どうもそういうものになってしまった。
 裏を返せば、「大人にならない」という選択肢が、それだけ一般的になってきたということなのではないだろうか。
 芸能人なんかは、本当にわかりやすく、「大人ではない」と自認していそうな存在だ。毎日決まった時間に出勤するわけでなく、定時があるわけでもない。そして、業界や自分というタレントを支配する存在(事務所やテレビ局など)のさじ加減一つで、干されたり、急に売れたりする。
 自分の力では、どうにもならない。誰かの意図のままに、駒として動き続ける。その無力感のようなものを、一語に落とし込んだのが、「大人」ではないかと思う。

 この気分が社会全体に広がっていくのが、「格差社会」というもんなのかも。
 非正規雇用者から見た正規雇用者は、「大人」に見えるかもしれない。
 そう、非正規雇用は「大人ではない」。おそらく、気分として。
 正社員であっても、会社の都合でリストラや異動、給料などが勝手に決まるなら、決める側を「大人」と呼んで区別したくもなるだろう。そういう会社においては、従業員はみな「大人ではない」といえるかもしれない。
 ひょっとしたら企業でも、偉い人たち同士の会議や談合とかで決まることを、「大人の決定」とか言うようになるかもしれない。(もうすでに言っているかも?)
 支配者のことを、被支配者側からみて「大人」と言うなら、ありそうな話だ。

 大人というのがたとえば、経済的に自立している存在を言うのであれば、事務所に左右される芸能人も、不安定な非正規労働者も、たしかに「大人」ではない、のかもしれない。
 そういう人たちが増えてきたとすれば、「大人」という語が「大人ではない」人たちと区別するために使われるようになるのも、頷ける。

 かつて(明治以降を主に想定)、日本の支配構造は基本的に「家族の相似」だったと思う。支配者というのはみんな父親に相当する存在だ。天皇だとか、給料をくれる雇用主。仕えていれば、生涯が担保された。そんな状況において、「大人――大人じゃない」を考える必要は生じない。「父親にあたる存在」が大人で、それ以外は大人じゃないのだから、その公式に当てはめれば考えるまでもない。ところが、「誰が大人で、誰が大人じゃないか」の判断が複雑になってしまうと、いちいち「大人」という語を使ってその都度再定義していかなくてはならなくなる。
 いま「大人」と呼ばれている人たちは、ぜんぜん父親ではない。そのトップにいる人が父親に相当するか、というと、そもそも誰がトップなのかもよくわからない。家族が壊れつつある現代には、その相似形もほとんど機能していないのである。ぜんぜん別の支配者が、どうやらどこかにはいて、でもそれが誰なのかはよくわからないから、「大人」と言うしかない。(『うさぎ!』の「灰色」と、少し似ている。)
 どうも、上層部に雲がかかり、見えなくなってきた感じ。
 昔から「上層部」なるものはあったのかもしれないが、庶民にはそれがわからなかった。今は、存在自体は認知されている。また、上層部が複雑になってきたのは、確かだと思う。昔なら望遠鏡を使えばどうにか見えたものが、今や見えたところで、複雑すぎてわけがわからない。そこへまばらに雲がかかる。もうだめだ。理解不能。ガガー、ピーピー。
 だからもう、そのぎりぎり認知できている存在に、名前をつけてみることくらいしかできない。「大人」という言葉が、それなのかもしれない。

「大人」という語を使って自分たちと「上層部」を区別するのは、もちろん下層の人間である。芸能界でいえばタレントが下層にいて、だから彼らは無力ながらも「大人」のことを考え、その語を操っていく。タレントだけでなく、下層にあればスタッフでも一緒だろう。
 アウトロー界にあっても、「大人」は存在しそうだ。特殊詐欺でいえば、受け子や出し子、かけ子等は下層である。自分たちは駒でしかなく、リスクのほとんどを背負い、利益の大半は上層部に持って行かれる。そのくせトップの顔は見えない。
 だから「大人」とか、そういう言葉を使うしかないのだと思う。(犯罪集団の上層部に「大人」はさすがにそぐわないかな?)

 この「大人」という言葉の台頭を、どう見よう。
 絶望とも、希望とも見える。
 ジャニーズ事務所やレコ大の話を見ていると、少なくとも芸能界では、それは「暴かれる」ほうへ進んでいるような気はする。

 

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