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少年Aの散歩

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手塚治虫(初恋の人)

 二回目にして真打ち登場、といった風情。

「すべての物語は手塚治虫に流れ込み、再び手塚治虫から流れ出る。」
 そう言って問題ないほどの偉人である。

 記憶の限りでは、小学二年生の時には少なくとも愛読していた。
 クラスメイトから「好きな人いる?」と問われれば、必ず「手塚治虫」と答え、ぽかんとされていたものだ。
 当時は愛蔵版が盛んに出版されており、『ロストワールド』から『ルードウィヒ・B』まで、時期を問わず何でも読んだ。講談社の全集が近所の図書館に全巻所蔵されていたので、母親に連れていってもらって読みふけった。『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』『火の鳥』『ブラック・ジャック』『三つ目がとおる』などの代表作はもちろん、『ザ・クレーター』だとか『七色いんこ』も好きだった。『どろろ』『海のトリトン』『ファウスト』あたりは文庫で読んだ。メジャー・マイナーを問わず読むべきものはこの頃にほとんど読んだ気がする。『ゴブリン公爵』とかまで読んでいたんだから。
 特に好きだったのは絵のまるっこい初期作品で、『来るべき世界』や『ロック冒険記』は今でもいちばん好きかもしれない。

 特筆すべきは、僕が手塚の作品だけでなく、手塚の「伝記」をも読みあさっていたこと。
 死後数年が経過していて、手塚の伝記はすでに出ていた。せいぜい数点ではあろうが、複数の伝記にあたった覚えはある。少なくとも火の鳥伝記文庫の中尾明『手塚治虫―まんがとアニメで世界をむすぶ』は確実に読んだ。91年9月の出版なので、時期も合っている。あとは1989年の小野耕世手塚治虫 マンガの宇宙へ旅立つ』を読んだのだろうか。マンガ『手塚治虫物語』も読んだ。また『紙の砦』などの自伝的な作品も好んで読んだ。僕は手塚治虫の作品だけでなく、手塚の人生そのもの、人格そのものを愛しそうとしていたのである。

 これはまさしく僕の、何かを好きになる際の「愛しかたの原点」だ。作品を愛するのと同時に、それを作った「人」を愛する。そもそも初めて手塚を読んだ段階で、「この作者は面白いからほかのも読んでみよう」という発想になるのが、「人を愛する」に向いている。素晴らしい作品があれば、それを作った素晴らしい誰かがいる。こういう考え方が、その後の僕を育てて行った。
 たとえばこの後、僕はマンガと並行して児童書をたくさん読むのだが、図書館に行っては「岡田淳」とか「さとうまきこ」といった人名を手がかりにして「次に読む本」を探していくようになる。当たり前のことのようだが、意外とこれが身に染みついている子供ってのは、そんなに多くはないと思う。

「人」を愛する癖が僕にはあって、その原点は手塚治虫である。しかし、ではなぜ僕は「手塚治虫」という人を好きになったのであろうか?
 藤子不二雄先生の『まんが道』による刷り込みのせいかな、とも思うのだが、小学二年生段階で『まんが道』を読んでいたかどうかがはっきりしない。おそらく手塚にはまった後で読んでいるはずだ。
 そうなると、思いつくのは、手塚があまりにも凄かった、ということか。

 はじめに僕は、『ロストワールド』から『ルードウィヒ・B』まで、と書いた。これらの愛蔵版が、物心ついた時にはうちにあった。この二作品の執筆時期には四十年の開きがあって、当然作風も変わってくる。「ぜんぜん違う雰囲気だけど、同じ人が書いていて、どれもすぐれて面白い。ということは、この手塚治虫という人は、四十年間ずっと素晴らしい人なんだな」というふうに、幼心にも思ったのではないだろうか。手塚治虫の初期から晩年まで、四十年間の作品すべてを「好きだ」と思った僕は、「つまり僕は手塚治虫という人間が好きなのだな」という結論に至ったのだ、たぶん。
 伝記を読めば幼少期の頃の面白いエピソードや、偉人らしい伝説じみた話がたくさん出てくる。人格の魅力も感じさせられる。そうしてどんどん好きになっていった。この人のことをもっと知りたい、と思った。
 幼稚園でも小学校でも、「女の子を好きになる」ということがまったくなかった。「人を好きになる」ということの基本を、僕は手塚治虫によって学んだのかもしれない。
 小二のとき同じクラスに、「私も手塚が好きだ。私のほうが彼のことをよく知っている」と主張する女子がいた。僕はそれに「いや僕のほうが好きなはずだ」と対抗した。思えばあれは本当に、恋に近かった。だからこそ「好きな人いる?」という問いへ自然に「手塚治虫」と答えていたのだろう。今は「手塚先生」と呼ぶことが多いが、この頃は基本的に呼び捨てだった。

 僕にとって手塚治虫先生は「初恋の人」である。であれば生涯の伴侶は、恋をしながらも空気のように常にそばにいた、藤子不二雄先生だと思う。ジャンルが違えば岡田淳先生になる。次はこの方々について語らなければならないだろう。

 

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