少年Aの散歩

<a href="http://ozakit.o.oo7.jp/">本館はこちら</a>

mixiからの転載でお茶をにごす(1)

原点ってのは一点ではない。たくさんの原点があって、それぞれの波紋は重なり合って共振する。

たとえばその一つは藤子不二雄先生である。先日の富山旅行はその原点を巡る旅だった。
あるいは小沢健二さん。5~6月のツアーはまた原点を巡る旅だった。

名古屋に帰って、矢田川を歩き、地元のお好み焼き屋に行けば、それもまた原点。
高校1年のあのクラスについて考えれば、それも原点。

両親と兄弟は原点。
日本の歴史だって僕の原点でもあると思うから『風雲児たち』をしっかりと読む。

麒麟さんのことを考える。15年前の彼との邂逅はまたそれも原点である。

ホームページも原点。ドラチャも原点。
幼き日にジプシーして遊んだ公園たちも原点。
原っぱなるものは原点。

まなびストレート!』は大学四年生の終わりに観たアニメだが、
これだって原点に数えてもいいだろう。そこで一つ僕は生まれたのだ。

無数の原点が多発的に存在して波紋をつくる。
その模様が僕である。

2016年はそれを確認するための年になりそうである。
それゆえか、どうも生活はぱっとしない。
ずっと継続してきたものが一度、手から離れたという感触。

大切なマイミクさんたちとの新しい出会いはあった。
それはたぶん新しい原点になるだろう。

ちょっとまえHPのほうにも書いたけど2016年は「リセットの年」だ。
こじつければユダヤ教の「ジュビリー」にあたる。
「50年に一度、土地をもとの持ち主のもとへ返す」年だという。

 

昨日からどうも優れない。金縛りのように何も出来ないでいた。
そんなときは漫画を読むか、文章を書く。
それらはずいぶんと巨大な僕の「原点」である。
小学三年生の時だったか、「何かを書こう」と思って、原稿用紙に向かった。
でも、何も書けなかった。
当然だ。何も書きたいものなどなかったのだから。
そこにあったのは「何かを書こう」という意志だけだった。
そこで何も書けなかった僕は本当に誠実というか、真面目だと思う。
よかった。
おかげで、「書くべきもの」を探す旅を、始めることができたのだから。
あのとき、適当に「何か」を書いて、それで満足していたら、
たぶん、あれこれ考えがちな今の僕はなかっただろう。
「書くべきものがなければ、書けない」というのは、僕にとってそうとう重要な「原点」である。

小学三年生といえば、その頃好きだったのはとにかく漫画。
なぜそこで「漫画を書こう」ではなく「文章を書こう」になったのかは、
単純に「文章なら褒められたことがある」からだろう。
そういう成功体験というか、実績は大切だ。

漫画を読むことが好きで、文章を書くことがしたかった、
というのが小学三年生時点での原点の一つで、
それは今に至るまで大きな波紋を広げつづけて
現在の僕にまつわる様々な波紋をのみ込んでいる。

『9条ちゃん』だって、よく考えたら漫画を文章に翻訳した結果なのかもしれない。

 

2016年はじつに様々なものを振り返っている。
ちょっとくらい不調でも原点の波紋が広がり続けている限り、自分は大丈夫だと思う。


(2016年07月14日19:25「原点をめぐる」、一部改稿)

 

最近はちょっとだけ、ぱっとしてきている。
やはり大丈夫だった。(たぶん。)
すべての原点にありがとうと言いたい。
ここには書いていない原点はたくさんあるが、
その中の巨大な一人である結城恭介先生に大いなる感謝を。

 

http://ozakit.o.oo7.jp/