proof

壁があった。

確かにそこには壁があった。

ぼくはそれに手を伸ばしてみる。

手首まで壁の中に埋めてみた。

その中は非常なあたたかさで

放射状に波は広がって、水面はぼくの片腕を冷やす。

ぼくは寒さを感じて振り向いた。

風があった。

ぼくは風を拾い上げようとして腰をかがめた。

壁の中に、手を突っ込んだまま。

船首が水を裂くように波が生じた。ぼくの手首に合わせてウェイブする。

冷たくて、冷たくて、そしてやけに生あたたかく、どろどろしていて、気持ち悪かった。

風は、温度を持っていなかった。

質感も無く、ただぼくの手のひらに存在していた。

ぼくは彼女を思い出した。

笑ってた。けれど、ぼくの意識の中、彼女は健康的なその笑顔で、真っ白だった。

彼女には、純白という言葉が似合っていたはずだったのに。

いつのまにか寒さはなくなっていた。いや、まったく温度を感じなくなっていた。

壁の中は相変わらずどろどろしている。

どういうわけか、しかし、手首を走る妙な刺すような冷たさは消えていた。

やけに生あたたかいどろどろだけがぼくの身体に与えられる唯一の刺激。

きもちわるい。

気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い……

ぼくは狂ったように叫んで、壁から片腕を引き抜いた。

だが、焼いたプリンのような、気持ちの悪いどろどろが、ぼくの手には残っていた。

どろどろは、ぼくの手首を這い上がってくる。

どろどろは、ぼくの片腕を這い上がってくるのだ。

やがてどろどろはぼくの肩に達した。

それがわきの下に入りこんだとき、ぼくは吐いてしまいそうになった。

首筋を這いずり、胸の苦しい部分にぐるぐると巻き付いていく生あたたかすぎる黄色いどろどろ。

ぼくは吐き気を抑えられなくなった。

やがてどろどろが耳の穴に入り込もうとしたとき、ぼくは嘔吐した。

ただれる程に熱い、ゲル状になったプリンが、喉の奥から流れ出る。

それは決して甘味を効かせることなく、確かに吐瀉物の味と臭いがした。

ぼくはひざまずいて倒れる。そして、涙を流す。はずだった。

その時にぼくの瞳から溢れ出たものは、勿論、涙なんかではなく……

いや、プリンでも、ないのかもしれない。